広いリビングルーム、城
A. サルキス
"Kintsugi sur commode Louis XV"
published at 19/11/2018
ショーモン・シュル・ロワールに戻ってきたサルキス。彼のステンドグラスの作品「Ailleurs, Ici」は、今も城の使用人たちの部屋に展示されています。今回、サルキスは、日本の修復技法である金継ぎにより古い家具を修復するというオリジナルな作品を展示しています。アーチストによって、亀裂や破損部分に金粉を振りかけられ、修復後に美しく生き返った家具は、長い時代を越えて生き延び、グラン・サロンに展示されています。
Kintsugi(金継ぎ)は、ひび割れた磁器やセラミックを、漆によって接着して金などで装飾して修復する古くからの日本の伝統技術です。15世紀末に日本で考え出されたこの技法は、破損した磁器などの由来や破損に至った事故などを考慮する、哲学的、歴史的な考えを基盤にしています。これは、修理した部分を隠すのではなく、むしろ逆に漆と金粉の使用により、より目立たたせています。金継ぎの技術は、新しい美学の発展を可能にし、壊れた物体はこうして別の形で存続し続けるのです。
プロフィール
サルキス
トルコ
1938年にトルコのイスタンブールで生まれました。サルキスは現在パリに住み、活動しています。
サルキスは、イスタンブールのミマル・シナン美術大学を卒業後、1960年にイスタンブール・アート・ギャラリーで初めて展示した後、1968年にパリに移り住みました。様々なメディアを媒体に作品を発表し、60年代の終わりから現代美術、特にインスタレーションの分野において注目されています。
2010年に、パリのポンピドゥーセンターで展示会「Passages」を行い、カジミール・マレーヴィチ、アンドレ・ブルトンや、サルキスの守護的な役割を果たしてきたヨーゼフ・ボイスとの対話を表現しました。「Passages」(パッサージュ)は、スタジオから美術館への通路(パッサージュ)と、ヴァルター・ベンヤミンの作品におけるパリのパッサージュの両方の意味を喚起します。
Kriegsschatz(ドイツの戦争の宝)を喚起する彼の作品は、発見されたオブジェ、芸術作品、または異なる文明の民俗学的オブジェで構成されています。
2011年、スイスのジュネーブ現代美術館は、 「ホテルサルキス」と名づけた大きな回顧展を催しました。
2012年、サルキスはBoijmans van Beuningen博物館とロッテルダム港(オランダ)の招待により「Ballads」を、その後、ドメーヌ・ド・ショーモン・シュル・ロワールで、「Ailleurs, Ici」を展示しました。同年、サルキスはパリのパレ・ド・トキョウで「La Triennale – Intense Proximité 」に、そしてメゾンルージュのアントワンヌ・ガルベール財団で「Néon, who’s afraid of red, yellow and blue ?」に、また、ロッテルダム(オランダ)のBoijmans van Beuningen博物館で「モダンイスタンブール」展示会に参加しています。
2013年、第55回ヴェネツィア・ビエンナーレにおいて、サルキスは、プラダ財団(ヴェネツィア、イタリア)の展示会「When attitudes become form: Bern 1969/Venice 2013」に参加。これは、1969年のスイスのクンストハレ(Kunsthalle ベルン)での歴史的展示会「Quand les attitudes deviennent formes」 (When attitudes become form : live in your head)の再現で、この時すでに、スイスの著名な芸術史家でキュレーターのハラルド・ゼゼマン(Harald Szeemann)が当時すでにサルキスを招待していました。
2014年、ヴュルテンベルク・モンベリアール博物館で、重要な個展が開催されました。
2015年、イタリアの第56回ヴェネツィア・ビエンナーレに、サルキスはトルコのパビリオンを代表するアーティストとして招待されました。この時、アルメニア共和国パビリオンで展示され、「Armenity」に参加しています。これはゴールデンライオン賞を受賞しました。9月には、第14回イスタンブール・ビエンナーレ(トルコ)の展覧会に参加、また「ヴィラ・アンパン - ブラッセルBoghossian財団」から招待を受け、Paradjanovと共同の展示会に出品しています。